坊太郎伝説

【坊太郎伝説(龍神伝説)】 boutaroirasuto.jpg

昔、青柳村の山あいに中睦まじい夫婦が住んでいた。

山の上に池があって、そこから年中清らかな水が流れていて、

田んぼの稲を毎年のように豊かに実らせていた。

夫婦は村中でも、なかなかの稼ぎ手であった。

夫の名前は、言い伝えでは「安部 某」となっている。

妻の名もよく分からないが「おつう」という名であったらしい。

 

~不思議な夢~

白雲が、山の上を静かに去来している夏の日のこと、おつうは、

山の上の濃い緑に囲まれた池のほとりにたたずんで、

青いきれいな湖水を見つめていた。

池の水面に小さい白い波を見つめていると、突如、湖水が二つに割れて白い霧が湖面を覆い、yume.jpg

その中から美しく金色に輝く竜神の姿が現れてきた。

白雲は低く降りて湖上を流れ、いつしかおつうは竜神と共にその白雲の上にあった、

竜神はやさしかった。

おつうは深い眠りから覚めた、障子は、ようやく白々としてきている「ああ、不思議な夢をみたわ。」

おつうは夢の中の青い池と、その上を流れていた白い雲を、目覚めた今も鮮やかに思い出していた。

 

~坊太郎~

おつうは身ごもった。

夫婦仲はいよいよ密の如く甘かった。そして、月満ちて玉のような男の子が生まれた、山の中の茅屋は、

いよいよ和やかな幸福がいっぱいになっていった。男の子は坊太郎と名づけられた。

坊太郎は、父母の温かい愛情を受けてすくすくと育っていった。

坊太郎は、山の子らしくとても丈夫できかん坊だった。どの子にも負けないで山や野を駆け回った。

反面、坊太郎はやさしい母親思いの子供だった。そして、父親のいうことにも素直にうなずいた。

坊太郎は大きくなると水遊びに特に熱中するようになった。山の池から流れてくる清らかな水が

坊太郎の毎日の友達になってきていた。

 

坊太郎はある日、薪とりの父について山へ登った。そこには、青い深い林に囲まれて静

寂に眠っている湖水があった。それは、坊太郎の幼い目をとらえて離さなかった。

坊太郎は、それから毎日のように山の池に登るようになった。青い水面に坊太郎の顔が写ると

黒い瞳が生き生きと輝いた。

山の池はやがて坊太郎を離さないようになった

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「かあちゃん。」

「山の池の中に竜宮ってとこあるんだろう。

俺、そこへ行ってみたいなあ。」

ある日、坊太郎は母に訴えた。真剣な目だった。

「まあ、この子は・・・。」

母は、坊太郎を抱き寄せて頬ずりし、

「池の中は冷たいのよ。ほら、かあちゃんの胸はこんなに暖かいでしょう。

坊太郎にはここが一番いいのよ。 」

坊太郎は分かったようにうなずいた。

 

~帰ってこない坊太郎~

それから幾月も幾月も過ぎ去って、山の木々が色とりどりに染まり山の池に映る妙高の峰々に

白い雪が見え始めるある日、坊太郎は父から作ってもらった小さい釣竿をかついで

山の池へ登ったまま夕方になってもついに帰ってこなかった。

「坊太郎はどうしたんだろう。」

父母は、野良着のまま近所の子供に聞いてまわった。どの子供も知らなかった。

父母はもう居ても立ってもいられなかった。

「坊太郎は、たしかに山の池へ登ったんだが・・・」

父は、ちょうちんの灯りをたよりに暗い山道を探しに出かけた。

村の人もみんな坊太郎を気遣って夜通し探して歩いた。

山の池は、無気味に静まりかえっていた。

黒い水面は、何も語ろうとはしなかった。坊太郎を呼ぶ声も、

むなしく暗い湖面に沈んでいくだけだった。

 

木枯らしが冷たく晩秋の山野を渡って、もう白い雪を持ってきていた。

坊太郎は、その後幾日たっても帰ってこなかった。山の池へ登ったきり、本当にどうしたんだろう。

もうじき村へも雪が来る。そして、山の池も林もみんなしろ一色に覆われてしまう

とうのに坊太郎はどこへ行ったんだろう。

夫婦は、今日も一日の仕事を終えて赤く燃えるいろり火をかこんだ。

外は、相変わらず木枯らしが音を立てている。

「坊は、寒がっているだろうな。」

夫婦は、かわいい坊太郎のことを一時も忘れず案じた。

夜が更けていろり火がとろとろと消えかかった頃、

土間のほうでカタコト小さな音がして誰かがそっと立っている気がした。

「誰だろう」

「坊かもしれない。」

夫婦は急いで障子を開けた。そこにはつかれきった瞳の坊太郎が、うなだれて立っていた。botaro.jpg

「あっ、坊太郎。」

「さあ、入れ入れ。」

「まあ、こんな冷たい手をして。」

坊太郎は、父と母に抱かれるようにして、いろり端に座った。

いろりには、薪がたくさんくべられて温かく坊太郎を包んだ。

しかし、坊太郎は父母の優しい言葉にも一言も答えなかった。

そしてただ寂しそうに微笑んで

「かあちゃん、眠い。」

「だって、坊は何も食べたくないの。」

「うん。くたびれちゃった。寝かして。」

坊太郎は、母にせがんで寝間に入った。ごろりと布団にもぐってから母に行った。

「母ちゃん。坊の眠っている間、寝間に入らないでね。」

「はい、はい。」

「それから、坊をのぞかないでね。」

「はい、はい。」

「ほんとにのぞいちゃだめだよ。」

坊太郎はしつこく母に念を押した。それからすぐ深い眠りに入ったようであった。

 

~龍神の子~

よく朝早く夫婦は目を覚ました。晩秋の朝は明けるに遅く、まだ、薄暗かった。

隣の坊太郎の寝間は静かで、物音ひとつ聞こえない。

「つかれきって寝てたんだが、坊は良く眠っているかな。」

夫婦は、急にかわいい坊太郎の寝顔が見たくなった。

かすかな寝息がする。

「そっと覗くくらいなら、いいだろう」

夫婦は、昨晩寝る前の坊太郎の言葉を思い出したが、

足音を忍ばせてそっととの隙間に目を当てた。

「あっ。」

夫婦は、気も動転せんばかりに驚いて 、その場に座り込んでしまった。ryujin.jpg

寝間に、一面満々とたたえられた青い澄み切った水、

そしてそこに竜神の子がやすらかな憩いをむすんでいるではないか

「とうちゃん、かあちゃん。」

寝間の中から坊太郎の呼ぶ声がした。

「さようなら。」

坊太郎の声が響いた。夫婦は、ハッとわれに返り急いで寝間の戸をあけた。

「坊太郎。」

「ぼうや。」

しかし、そこにはもう青い水も竜神の子も居なかった。

そして坊太郎の姿もなかった。夫婦は急いで外へ出てみた。

今しも白い雲が未だ明けやらぬ晩秋の冷気の中を静かに山の池のほうへ上がって行くところだった 。

呆然として見送る夫婦の耳に白雲の中から

「さようなら、とうちゃん、かあちゃん。」

と、叫ぶ坊太郎の声が何時までも聞こえてくるようだった。

 

~坊太郎の暮らす山の池~

それから、幾日か過ぎて、あるひ夜、夫婦は同じ夢を見た。

その夢の中の山の池は、もう初冬の頃を迎えていた。

夫婦は、池の北方、松の木立に立っていた。そこから、広い頸城平野が一望のうちに開けていた。

その、平原には、まだ雪は来ていなかったが、寒い北風が遠い日本海から

ヒュウヒュウと音を立てて渡ってきていた。

夫婦が、ふと気づくと池の面に流れ始めていた白い霧は、やがて段々濃く広がって湖水を覆いつくし、

山の池を取り巻く丘や林も、その深いきりの中に没し去っていった。

「とうちゃん、かあちゃん。」

突然、その霧の中から坊太郎の声がした

しかし、霧が深く坊太郎の姿をさえぎっている。

「坊太郎、お前どこに居るんだ。」ryu.jpg

「坊、どうしたの。」

夫婦は、白い霧に向かって賢明に叫んだ、白い霧はさらに濃くなった。

すると、夫婦の耳に、今度は竜神の声が聞こえてきた。

坊太郎は、眠っているところを人に見られたので

再び村に帰れなくなったのだ、

そのかわり坊にこの山の池をみんなくれることにした。

不思議な夢は、ここで終わっていた。

しかし、目覚めてからも、そして幾日経っても夫婦の耳に

かわいい坊太郎の叫ぶ声が

こびりついたように、何時までも残っていた。

 

それからいく年か過ぎ去った。

村の人たちは、誰もみんなこの山の池で坊太郎が暮らしているのだと信じるようになった。

そしてさらに幾十年も過ぎた。

村の人たちは、この山の池の主が坊太郎だと信じるようになった。

そして、誰言うこともなく、この山の池を坊ヶ池と呼ぶようになったということであった。

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